2012年10月23日火曜日

10月のお稽古



山田の中の一本足の案山子
 
槿。かりがね草。柳たで。
大板の薄茶点前






 
銀杏のお干菓子


大板の飾り





あいきぎり。えぞりんどう。





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2012年8月28日火曜日

9月のお稽古



清風画讃

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春日大社の鹿みくじ「口におみくじをくわえています」





虎竹の手つき置き籠「チンシバイ。キキョウ。サワキキョウ。」








初炭で稽古



総飾り




総飾りを解く

先回の香合「スペインのお土産」



ムクゲ。ほととぎす



2012年8月8日水曜日

8月のお稽古

床飾り


表千家同門会50周年記念
台湾の故宮博物館で求めた花入れ「桔梗.レンゲ升痲


安南の平水指他に高麗の鶏龍山の茶碗。
蓋置に暦手の青磁で龍海剛作
香合にはスペインのお土産。又写真は後で。

ま

2012年8月7日火曜日

水滴茶入のお稽古

滝直下三千丈「釣り舟」桔梗。秋海どう。





「四滴茶入」水滴で薄茶の稽古をしました
濃茶点前の後に続き薄茶をしました





2012年7月17日火曜日

7月の稽古







蘇民将来



蘇民将来護符(神戸・祇園神社)
蘇民将来(そみんしょうらい、蘇民將來)とは日本各地に伝わる説話、およびそれを起源とする民間信仰である。こんにちでも「蘇民将来」と記した護符は、日本各地の国津神系の神(おもにスサノオ)を祀る神社で販売されており、災厄を払い、疫病を除いて、福を招く神として信仰される。また、除災のため、住居の門口に「蘇民将来子孫」と書いた札を貼っている家も少なくない[1]。なお、岩手県南部では、例年、この説話をもとにした盛大な蘇民祭がおこなわれる。




説話 [編集]
古くは鎌倉時代中期の卜部兼方『釈日本紀』に引用された『備後国風土記』の疫隈国社(えのくまのくにつやしろ。現広島県福山市素盞嗚神社に比定される[注釈 1])の縁起にみえるほか、祭祀起源譚としておおむね似た形で広く伝わっている。
すなわち、旅の途中で宿を乞うた武塔神(むとうのかみ、むとうしん)を裕福な弟の将来(『備後国風土記』では「或本作巨旦將來也」とあり、巨旦将来〈こたんしょうらい〉と表記され、金神のこととされる)は断り、貧しい兄・蘇民将来は粗末ながらもてなした。後に再訪した武塔神は、弟将来の妻となっていた蘇民の娘に茅の輪を付けさせ、それを目印として娘を除く弟将来の一族を滅ぼした。武塔神はみずから速須佐雄能神(スサノオ)と正体を名乗り、以後、茅の輪を付けていれば疫病を避けることができると教えたとする 



有馬籠「カリガネソウ。キキョウ。キンミズヒキ。ミズヒキ。」
小四方棚「初炭」
香合は桑の傘です



濃茶は仕組み点てでした

2012年7月3日火曜日

7月のお稽古

  
大津絵『雷と太鼓』

紫錦カラマツ。がんひ。テッセン。ヤハズススキ。キンシバイ。

我が家の庭『蹲のあたり』



祇園祭:『長刀鉾』・『月鉾』
枝折り戸のあたり



小四方棚の薄茶の点前と炭点前

2012年6月26日火曜日

三木町棚のお稽古


あじさいの画賛・「滴翆」



薄茶の総飾り

方円籠「ヤハズススキ・銀梅草」
銘「桔梗」