2012年7月17日火曜日

7月の稽古







蘇民将来



蘇民将来護符(神戸・祇園神社)
蘇民将来(そみんしょうらい、蘇民將來)とは日本各地に伝わる説話、およびそれを起源とする民間信仰である。こんにちでも「蘇民将来」と記した護符は、日本各地の国津神系の神(おもにスサノオ)を祀る神社で販売されており、災厄を払い、疫病を除いて、福を招く神として信仰される。また、除災のため、住居の門口に「蘇民将来子孫」と書いた札を貼っている家も少なくない[1]。なお、岩手県南部では、例年、この説話をもとにした盛大な蘇民祭がおこなわれる。




説話 [編集]
古くは鎌倉時代中期の卜部兼方『釈日本紀』に引用された『備後国風土記』の疫隈国社(えのくまのくにつやしろ。現広島県福山市素盞嗚神社に比定される[注釈 1])の縁起にみえるほか、祭祀起源譚としておおむね似た形で広く伝わっている。
すなわち、旅の途中で宿を乞うた武塔神(むとうのかみ、むとうしん)を裕福な弟の将来(『備後国風土記』では「或本作巨旦將來也」とあり、巨旦将来〈こたんしょうらい〉と表記され、金神のこととされる)は断り、貧しい兄・蘇民将来は粗末ながらもてなした。後に再訪した武塔神は、弟将来の妻となっていた蘇民の娘に茅の輪を付けさせ、それを目印として娘を除く弟将来の一族を滅ぼした。武塔神はみずから速須佐雄能神(スサノオ)と正体を名乗り、以後、茅の輪を付けていれば疫病を避けることができると教えたとする 



有馬籠「カリガネソウ。キキョウ。キンミズヒキ。ミズヒキ。」
小四方棚「初炭」
香合は桑の傘です



濃茶は仕組み点てでした

2012年7月3日火曜日

7月のお稽古

  
大津絵『雷と太鼓』

紫錦カラマツ。がんひ。テッセン。ヤハズススキ。キンシバイ。

我が家の庭『蹲のあたり』



祇園祭:『長刀鉾』・『月鉾』
枝折り戸のあたり



小四方棚の薄茶の点前と炭点前

2012年6月26日火曜日

三木町棚のお稽古


あじさいの画賛・「滴翆」



薄茶の総飾り

方円籠「ヤハズススキ・銀梅草」
銘「桔梗」

2012年6月12日火曜日

2012年6月8日金曜日

風炉のお稽古茶事

 お茶事の勉強をする計画をたてておりまして
今年は12人の参加でした

さわやかな新緑の季節のなか 5月20日・21日と二日間に分けて
『風炉の正午の茶事』の基本的な流れを稽古いたしました

寄付では、それぞれお互いに挨拶をかわし掛け物を拝見したり
いつものように「じゃんけん」で正客やら末客を決めました


席入りをすませ挨拶をかわし懐石へと進みます

103歳の大先生も参加されました



20日の飯と汁

21日の飯と汁



卵豆腐・海老・三つ葉


お酒と向付
煮物椀
飯次と汁替え
焼き物
二度目の飯次・酒
すすめ鉢
吸物
八寸と盃事・千鳥の盃
納盃
湯次・香の物
湯漬け

このような順序で懐石が進みました












 初炭点前・香合の拝見が終わり

主菓子をいただき 退席をし中立の間に後座の準備をいたします

濃茶点前がはじまり そのあと 続き薄点前をして退席いたしました



















~~次回のお茶事が楽しみですね~~